2013年12月の読書会を終えて・・・「神」について

神をどのようにイメージするかは、祈りやカルマの清算における日々の精進においても、とても大切なことです。
神は、人間のような形を持たない無形の存在ですから、形のある偶像的な神をイメージする必要はありません。
また、教会や寺院や神社などの宗教的建造物にわざわざ赴かなくても、神を感じ取ろうとする努力は、どのような場所に居ても可能と言えます。
神は、時には、すぐ近くに感じられることもあれば、また時には、遠い近寄りがたい存在として感じられることもありますが、常に私たちの周りに存在しています。

神は、私たち地上人に直接的に係わりを持つことはありませんが、摂理を通して間接的に働きかけています。神の摂理は、完璧ですから、全ての神の創造物や人間に対しても分け隔てなく平等に作用しています。
その摂理の奥には、神の完全なる愛が、存在しています。
どのような人も、神から見放されることはありません。

私たちは、霊的な親である神から分霊を与えられました。
人間の内奥に存在する分霊は、完全なものですから、この世で切り抜けられない困難は、存在しないことになります。しかし、私たちは未だ不完全な存在ですから、神の摂理を完全に把握し、実行することはできません。
私たちは、完全なる叡智である神に、少しでも近づいて行く努力をしなければならないのです。それは、死後の世界である霊界に戻ってからも永遠に続く道なのです。

不完全から完全へ向けての進化について、シルバーバーチは、鏡と光の関係に譬えて、
「鏡は光を反射するものですが、鏡が粗悪であれば光の全てを反射することが出来ません。鏡を磨くことによってより多くの光が反射するようになります。(シルバーバーチは語る・127)」と語っています。
自分自身である鏡を、どれ程磨くことができるかが、地上人生の課題と言えます。

神とは何かということを、もう一度良く理解し、神の摂理に沿った生き方を目標に、日々努力していきたいと思っています。
そして、神の存在をより強く感じ取ることができるように、霊的感性を磨いていきたいと思っています。(E.H)

※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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