10月の読書会 (スピリチュアリズムの神認識)

私たちはスピリチュアリズムの霊的真理によって正しい神観を知り、正しい神の姿を理解することができました。
しかし、理性を通して理解できる神の姿は、神のほんの一部分でしかなく、そこには神への実感がともないません。理性だけを頼りに、神の姿を認識しようとしても、限界があることがわかります。
どうすればもっと身近に神の存在を実感することができるのでしょうか?
今月の読書会では、スピリチュアリズムの“神認識”について学びました。

霊界の人々は、地上人とは比較にならないほど強く神を実感しています。
神を認識するためには“霊的直感力”を発揮しなければならないのですが、これは霊体に備わっている能力の一つです。
肉体をもたない霊界人は、神を身近にそして実感的に認識しています。そのため、彼らの神についての見解は一致するようになっています。
霊的真理によってもたらされた神観は、霊界人たちに共通して認識されている神観なのです。

一方、地上人には肉体があり、霊的な直感力が鈍っているため実感的に神を認識できません。 これまでの地上の神観が事実と大きく異なってきたのは、地上人が霊界人のように神を実感できないためです。
しかし、私たち地上人も、霊的エネルギーを多く取り入れたときに、より“霊的直感力”を発揮しやすくなります。そのための効果的な方法が「瞑想・祈り」です。
 
「そのための条件として、物的感覚を鎮静させること(精神統一)ができるようにならないといけません。世間の雑音、不協和音、いがみ合い等は、きれいさっぱりと忘れ去らないといけません。内面を穏やかに保ち、あたりを包んでいる崇高な根元的エネルギーに魂をゆだねるコツを身につけないといけません。その段階で内部から湧き出る静寂の醍醐味―――それが生命現象の背後の霊力と一体となった時の実感です。(最高の福音P.145)」

霊主肉従の状態にあり、深い祈りができるようになると、神と一つになるような心霊体験が可能になるといいます。
とは言っても、地上人が神を実感できるのはまれで、地上人が神を理解するためには、霊的真理を通じた正しい神の姿を理解する努力も必要になるのです。
また、祈りに際しても正しい神の姿をイメージできることが重要です。事実とは異なる姿の神をイメージして祈っても、その祈りは無意味なものになってしまいます。

今回の学習の中でもう一つ学んだことは、自然界の法則の中にも神を認識できるということです。
神が造られた「摂理」は地上人にとって唯一、理性によって神の性質・内容を直接的に確かめることができるものです。大自然の中に表れている神の摂理への理解が、神への認識を深めてくれます。
霊的に未熟な地上人が神を実感するためには、霊的真理を通じた理性的な理解と「瞑想・祈り」を通して霊的エネルギーを取り入れることが必要なのです。
そうした努力の中で得られる神への実感が、信仰心をより高め、摂理に沿った生き方を可能にしてくれるのだと思います。(K・H)

※引用に当たっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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