「5月の読書会を終えて」・・スピリチュアリズムの宗教革命・・「スピリチュアリズムの全体像」・・そのⅡ・・

「キリスト教の神学は、地上世界にとってまさしく“災いのもと”です。人類にとって大きな手かせ・足かせとなっています。人々の魂を牢獄に閉じ込めています。それから逃れるためには、自らを縛っている人工的教義と間違った信条を断ち切り、霊的インスピレーションによって示される本物の真理に目覚めることです。(シルバーバーチの教え・152)」とシルバーバーチは語っています。

キリスト教に限らず地上のすべての宗教は、地上人類にとって有害なものばかりです。それは、霊的事実に反する人工的に作られた教義を含んでいるためです。宗教の教義を忠実に守れば守るほど魂は束縛され真の自由を奪われてしまうことになります。それによって、地上人生で最も大切である霊的成長を阻害されてしまうことになるのです。

スピリチュアリズムの宗教革命とは地上のすべての宗教を霊界の宗教に置き換えようとする霊界主導の宗教の大変革のことです。どこまでも霊界が主役なので、地上の宗教とは次元が異なります。地上の宗教の一つにあげるべきものではなく、地上の宗教を超越した唯一の宗教、超宗教なのです。

私たちは、霊界の宗教とはどのようなものであるかを学ぶことによって、地上の宗教がいかに間違っているかを認識することができます。霊界では、地上のような宗教の形式はありません。多くの宗教や宗派もありません。宗教組織もありません。宗教間の戦争や紛争もありません。利他的に生きることがすなわち宗教であり、神の摂理に一致した行為そのものが信仰となっているのです。霊界の宗教とは、すべての霊が信仰している唯一共通の宗教であり、まさに神の摂理に完全に一致した宗教に他なりません。

高き次元から引き起こされたスピリチュアリズムによってもたらされた霊的真理によって、私たちは、自らの力で自分自身の魂を救済する方法を学ぶことができます。神の無限の愛と叡智を知り、地上人類が神の子として共通の霊的資質を持っていることを知り、どのようにすれば霊的恩寵を授かることができるかを知り、人工的産物である教義への隷属状態からどのようにすれば抜け出せるかを知ることによって、真の自由を獲得することができるのです。そして、神の摂理に一致した生き方を通して、霊的成長という真の宝を手にすることができるのです。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「4月の読書会を終えて」・・霊界での大審議会・・「スピリチュアリズムの全体像」・・

1年に2度、クリスマスとイースターの時期に霊界の深奥では、多くの指導霊たちが一堂に会し、大審議会が催されます。光輝に満ち満ちているその場でのイエスのお言葉や深い愛情について、シルバーバーチは次のように語っています。
「イエスは、それまでに私たちが成し遂げた仕事についての評価を披露(ひろう)され、新たなる力、新たなる希望、新たなるビジョンのもとでさらなる目標に向かって邁進するようにと励ましてくださるのです。教会が説く神格化されたイエス・キリストではありません。多くの道具(同士)を通して人類に奉仕しようと勤(いそ)しんでおられる、1人の偉大なる霊です。(シルバーバーチの教え・下・44)」

なぜ、そのような大審議会が開催されるのでしょうか。それは物質圏での仕事の進捗状況を確認し、新たな計画を立案するためです。その仕事というのは霊的なことに無知である地上人を霊的に救済することです。そのために、霊界の人々(高級霊団でその最高責任者がイエス)によって起こされたのがスピリチュアリズム運動です。この運動は、霊界主導で起こされたものであり、主役は霊界の高級霊団です。

今まで、地上には霊的なことに対する正しい知識が存在していませんでした。自分自身の本質は何か、何のために生きているのか、死んだらどうなるのか、死後の世界は存在するのか、神とはどのような存在なのかなどについての霊的事実について、地上人はまったくの無知だったのです。

「なぜ人間は戦争をするのでしょうか。それについて皆さんはどう思いますか。なぜ悲劇を繰り返すのでしょうか。その原因は何だと思いますか。どうして人間の世界には悲しみが絶えないのでしょうか。その最大の原因は、人間が物質によって霊眼が曇らされ、五感という限られた感覚でしか物事を見ることができないために、万物の背後にすべてを一つに結びつけている大霊が存在していることが理解できないからです。人間は何かにつけて“差別”をしようとするため、そこから混乱が生じ、悲劇が生まれ、そして破壊へと向かうことになるのです。(シルバーバーチの教え・上・31~32)」とシルバーバーチは語っています。

地上には戦争や飢餓に代表される多くの悲劇が存在しますが、その根本原因は、地上人類が霊的に無知の状態にあるためです。物質界にいる私たちは、霊性が薄れ、悲劇を悲劇として認識できなくなってしまっています。そして、物質こそが最も大切であるとする考えがこの地球を覆いつくし、暗黒の地上世界となっているのです。

私たちは、この地獄のような地球でこのままずっと生き続けていかなければならないのでしょうか。この地上の多くの悲劇を無くすことはできないのでしょうか。地上の悲劇を無くす方法を高級霊団は、私たちに示してくれています。

高級霊団は、霊界通信によって霊的真理を下ろし、霊的に地上人を目覚めさせ霊的に新生させようとしています。霊的真理の光によって魂を覚醒させた地上人が次の地上人へ霊的真理の光を手渡すことによって、暗黒の地上世界に少しずつ霊的真理の光の輪が広がっていき、霊的真理の光に包まれた明るい地上世界へと生まれ変わっていくことができるのです。私たちは、霊的真理を学びそれを実践することによって、今まさに、霊的に復活を遂げることができる新しい時代の始まりを迎えているのです。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「3月の読書会を終えて」・・シルバーバーチの死生観・・愛する人が亡くなった時・・

愛する人の死に直面しなければならない時は少なからず訪れます。私たちは、そのような時、死をどのように捉えたら良いのでしょうか。動かなくなって反応を示さない身体を目の当たりにした時、涙が込み上げてくるのをこらえることはできないでしょう。元気な時の姿を思い出し、悲しみで胸が張り裂けそうになることでしょう。死は愛する人との永遠の別れになるのでしょうか。

地上人類は、死は恐怖であり、最大の悲劇であるとする誤った迷信にずっととらわれてきました。スピリチュアリズムは、今までの死生観を一掃し、死を恐れる必要はないこと、死別を悲しむ必要はないことなどについての霊的事実を示しました。今までの宗教的な死生観に代わって新たな霊的思想という形で、死に対する回答を示しました。

「肉眼の視野から消えると、あなた方は悲しみの涙を流されますが、私たちの世界では、また一人、物質の束縛から解放されて、言葉では言い表せない生命の喜びを味わい始める魂を迎えて、うれし涙を流します。(不滅の真理・45)」
「“死んだ人”たちはあなたのもとから去ってしまうのではありません。死という名のドアを通り抜けて新しい世界へ入っていくだけです。その人たちにとって死は大きな解放です。(シルバーバーチの霊訓4-44)」
「真実の愛によって結ばれた者どうしは決して離ればなれにはなりません。死は愛と生命に対して何も為し得ません。生命と愛は死よりも強いのです。(新たなる啓示・60)」
と、シルバーバーチは死についての霊的事実を語っています。

シルバーバーチは、スピリチュアリズムの死生観をさらにレベルアップさせ、死は喜びであり、希望であり、地上人生に対するご褒美であるとし、死別は霊界人生の始まりを祝福すべきことであるということを、私たちに説いてくれました。

それらの霊的事実を受け入れることによって、私たちは今よりもはるかに冷静に、死を見つめることができるようになります。そして、愛する人の死を祝福の気持ちを持って受け入れ、霊界へと送り出すことができるようになるのです。真実の愛があれば、愛する人の他界後もその人を生前より近くに感じ取ることができます。そして、霊界では感激の再会が待っています。地上で培われた愛は、霊界においても消滅することはありません。愛は不滅です。愛は永遠なのです。(E・H)

なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「2月の読書会を終えて」・・「前世ブームのウソ」・・

シルバーバーチは「ここでぜひ指摘しておきたいのは、地上の人間は再生というものを、今の自分にない一種の栄光に憧れる気持ちから信じている場合が多いということです。人間世界でいうところの“劣等感(コンプレックス)”です。現在の自分の身の上がいくらみじめでも、かつての前世では高貴な身の上だったのだと信じることによって慰めを得ようとするのです。しかし、再生とはそういうものではありません。(シルバーバーチの霊訓・10-125)」と語っています。

多くの地上人の心には、自分の前世はどのようなものであったかを知りたいという願望が宿っています。果たして退行催眠や霊能者のリーディングなどによって、前世を知ることができるのでしょうか。

潜在意識の奥へ奥へと入り込んでいった時、霊的意識はどのように反応するのでしょうか。潜在意識には私たちが忘れてしまっていることも事細かに記憶が蓄積されています。その潜在意識の深奥に存在する前世の記憶に到達することは果たして可能なのでしょうか。

神は私たちへの愛の一つとして、前世を地上人には分からないようにしてくださっています。退行催眠や霊能者のリーディングなどによって、前世らしい映像やストーリーが見えたとしても、それは潜在意識のいたずらであったり、低級霊による憑依によるものであったり、霊能者の無知によるものであったりと、不確かなものばかりです。

なぜ、私たちは再生しなければならなかったのでしょうか。しかも自分自身の意思で再生を決定したのはなぜでしょうか。自分自身の魂には、その回答が存在しています。この地上人生によって、どの程度の霊的成長を果たす予定であったかも分かっています。そのようなことを考慮するとき、前世がどのようなものであったかを知ろうとすることは、間違った行為です。今、この地上人生をどのように生きているかが大切なのです。

前世ブームに興味を持ちすぎることは、本来の自分自身の生き方を誤ることになってしまいます。スピリチュアリズムに出会い、再生についての正しい霊的事実を学んでいることを心から嬉しく思っています。そして、再生の真の目的とは何かということを忘れないように霊的人生を歩んでいきたいと思っています。(E・H)

*なお、引用にあったては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「再生について」そのⅡ・・何のために再生するのか・・2017年12月の読書会から・・

再生があることは、霊的事実です。しかし、巷(ちまた)で言われているような再生はありません。自分というパーソナリティは、今・現世だけのものであって、前世がどうであったとか来世はどうありたいとか想像してみても、その時の意識は全く別のものですから、比較検討することはできないのです。現在の自分が過去にも存在していて、また未来にも存在するというようなことは有り得ないことなのです。

そのことについての霊的事実を、シルバーバーチによってもたらされた霊界通信によって学ぶことができます。私たちは再生のキーワードである類魂の存在について、類魂とは何かということを学ぶことによって、複雑な再生のメカニズムをシンプルに理解することができるのです。

私たちは、なぜ再生しなければならなかったのでしょうか。何をするにも困難をともなうこの惑星に生を受けたのは、どうしてでしょうか。現在の生活に希望が持てず、生きるのが辛いと思っている人もいるかもしれません。しかし、自分自身が再生を望んで生まれてきたのです。自分の魂が決定したことなのです。

それは、地上で学ばなければならない多くの教訓があるためです。ある人にとっては、果たさなければならなかった責任や仕事を達成するためであったり、ある人にとっては、より深い愛で他人を慈しむためであったり、ある人にとって為すべきことがありながら、それを為すことができなかったためであったりと千差万別ですが、いずれにしても霊界での生活を通して何が自分自身にとって足りなかったかということを、はっきりと自覚することができたためです。そのために最も適した国籍、環境、性別、身体、さらにはおおよその辿るべき道などを事細かに決定して、誕生しているのです。今置かれているすべての条件が、私たちが霊的成長をするために最も相応しい条件なのです。

それらの条件を受け入れ、最大限に神性を発揮して、自分自身に足りない部分を少しずつ補いながら、一歩一歩霊的成長を果たさなければなりません。それによって、類魂全体の霊的進化への貢献や、自分自身の前世のカルマをも清算することができるのです。

何のために再生したのかということを忘れないようにしたいと思います。そして、この地上人生が無駄に終わることがないように、霊的真理に沿った実りある人生を過ごしていきたいと思います。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。
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