「霊界へと続く愛」・・地上の愛のゆくえ・・

地上で愛し合った人間同士の愛は、死後霊界においても、そのまま続いていくのでしょうか。死と共に消滅してしまうのでしょうか。

霊界では、その霊の霊格によって住み分けがなされています。「界層の違いは、そこに住む人の魂の程度の違いだけで、霊性が高ければ高いほど、善性が強ければ強いほど、親切心が多ければ多いほど、慈愛が深ければ深いほど、利己心が少なければ少ないほど、それだけ高いレベルの界層に住むことになります。(最高の福音・82)」霊的波動は各界層によって異なっていますから、その霊のいる界層だけでの生活になってしまいます。そのため、異なる界層での霊たちは、お互いを認識することはできません。原則として、異なる界層間での交流はありません。

死後、ほとんどの霊は、愛する人たちと別れを告げ、別々の界層に赴くことになります。それは、地上の愛は、ほとんどの場合、利己的な愛、排他的な愛、物欲的な愛であるためです。そのような愛は、霊界では消滅してしまうことになります。

シルバーバーチは、男女間の愛について「地上で愛し合った男女の間に真実の愛があり、その愛が二人を霊的に一つにし、霊的進化のレベルが同じである場合には、死が二人を引き離すことはありません。・・・しかし、二人の結婚が魂の結びつきではなく肉体の結びつきにすぎず、しかも両者の魂の進化のレベルが異なる場合には、死は両者を引き離すことになります。(シルバーバーチの教え・上・190)」と語っています。

利他的な愛による結びつきがあり、しかも霊格が同じであれば同じ界層で生活できることになりますが、それは、ほんのわずかな一握りの霊に限られてしまいます。そして、このことは、家族間の愛や友愛などすべての愛にも当てはまります。

霊界へと続く愛とはどのような愛でしょうか。魂と魂のつながり、利他性と利他性のつながりのある愛だけが霊界においても存続することになります。利他的な愛とは、先に与える、与え続ける、誰にでも与えるということを原則とする愛です。肉体を持っている私たちには、とても難しい課題、精神修養の課題ですが、この愛を学ぶために私たちは生きています。地上人生をとおして利他愛とは何かということを学び実践することによって、霊界へと続く真実の愛を確立することができるのです。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「7月の読書会を終えて」・・「幽界から霊界へ」・・霊的家族との再会・・

幽界で霊的自我に目覚め、霊的純化のプロセスを経た霊は、本来の住処(すみか)である霊界に赴くことになります。霊界は一つですが、無数の界層に分かれています。最下層の幽界から光輝く高級霊界まで無限につながっています。その界層のどこに赴くことになるのかは、その霊の霊格、霊的成長度によって決定されることになります。

霊界は、物質的要素がすべて拭い取られた純粋な霊的世界です。そこでの環境は、幽界とは比べものにならないほど光り輝く美しい世界です。その美しさは、地上のどのような言葉を用いても表現することはできません。物的な視野でしか物事を見ることができない私たちには、想像することさえできない極美の世界なのです。

霊界の人々は、神の愛を感じ取り、神の愛のなかで生きていることを自覚しています。すべての霊が神の摂理を忠実に実践していますから、地上界のように利己的な行為、物質欲にまみれた霊など一人もいません。すべての霊が利他性をともなう愛に満ち、利他的な行為だけが行われる世界です。肉体を持っている私たちには想像もつかないことですが、霊体だけになると本来の霊的成長の意味をはっきりと自覚することができるようになります。霊的成長、それだけが生きることの目標になるのです。

霊界には「貧乏人もいません。金持ちもいません。いるのは霊的に貧しい人と、霊的に豊かな人だけです。強者も弱者もいません。いるのは魂が強靭な人と、魂が虚弱な人だけです。(霊性進化の道しるべ・117~118)」と、シルバーバーチは語っています。

霊界では、地上人生を見守り、寄り添い、霊的エネルギーを注ぎ、インスピレーションを与えてくれた守護霊と共に霊的家族に会えることになります。霊的成長度のまったく同じ霊たち、霊的親和性で結ばれている霊たちに再会できることになります。地上ではさまざまな霊的成長度の霊のなかで生きていかなければなりませんでしたから、何を行うにも困難を伴いました。言葉を用いなくても自分の意思が伝わり、共に生きているということを心の底から実感できる、そのような霊的家族である霊たちとの再会は、感謝と感激と感動の再会となることでしょう。

遠くない将来、霊的家族に再会できることに思いを馳せる時、この地上での困難がとても小さなものに思われてきます。共に霊的成長を成し遂げようとする一心同体の仲間たちと今この瞬間も共にあることに感謝すると同時に心の底から勇気が湧き出てくる思いです。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「6月の読書会を終えて」・・「地上界から幽界へ」・・霊的浄化への道・・

死の眠りから目覚め、自分は死んだのだということを自覚すると、霊界の最下層、地上に最も近い霊界である幽界へ赴くことになります。幽界は、地上とそっくりな世界です。心で思ったことは、何でも現実のものになります。欲しいものが何でも手に入ります。行きたい所へ瞬時に行くこともできます。そして、言葉は必要ではなくなって考えていることや感情までも相手に伝わります。言葉による誤解や不理解は生じません。心と心がテレパシーで通じ合う所なのです。

実は、私たち地上人は、その幽界へ睡眠中に何度も訪れています。生前はそのことをなかなか思い出すことができないのですが、肉体が無くなって幽体だけになったとき、その記憶がよみがえってきます。潜在意識に刻まれていたいろいろな記憶が思い出されるのです。幽界では、愛情を感じていた人、尊敬や憧れを抱いていた人、そして生前地上人生をずっと見守り導いてくれた守護霊にも会うことができます。自分の人生を振り返って地上人生が霊的成長とは程遠いものであったことを知り、後悔や反省の念を抱くことになるかもしれません。

思念の世界である幽界では、自分自身が自分の生活環境を創り出すことになります。その環境は、何を望み、何を必要としてきたか、地上人生をどのように生きてきたかということを映しだす鏡のようなものです。その環境が、醜いものか、美しいものであるのか、また、物質的なものだけを求めているものなのか、精神的なものを求めようとしているものなのかは、すべて地上人生をどのように生きてきたかということに対する回答なのです。

幽界での生活を決定づけるのは、個人個人の霊的な成長レベルです。そして、幽界にどれだけ永く留まることになるのかも霊性の発達度により左右されます。もっと霊的に成長したいと思い始めた時から、霊的浄化の道が開かれることになります。幽界は地上界から霊界への通過点ですが、そこで地上的意識を拭い去ります。物的意識が霊的意識となり、地上臭を拭い去って純粋な霊的存在となっていくためには、霊的純化のプロセスが必要なのです。そのために、幽界が存在しているのです。

霊的真理を理解するチャンスを逃してしまった多くの霊たちも幽界での生活を通して、徐々に霊的意識を取り戻すことになります。幽界の存在は霊的な親である神からの愛のプレゼントに他なりません。何の努力もなしに自分が望んだことがすべて実現する世界に嫌気が差したとき、物質的なことより霊的なことの重要性に気づいたとき、幽界から次のステップへの道が示されることになります。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「5月の読書会を終えて」・・「死の直後」・・さ迷える霊たちの救済・・

地上人類は、多くの人たちが今もなお霊的無知の状態にあります。自分とはどのような存在なのか、どのように生きたら良いのか、死とは何か、などについての正しい霊的知識を持ち合わせてはいません。そのことが、死後自分の死を認めることができない多くのさ迷える霊を生み出しているのです。

宗教を狂信している霊、肉欲、物欲にどっぷり浸かっている霊、地上人に恨みや憎しみを持ち続けている霊、そのような霊たちは、死後自分の身に起こった変化を認めることができません。他の霊の言葉に耳を傾けようとはしません。地上人の祈りの言葉、愛念にも耳を傾けようとはしません。心を重い扉で閉ざし続けています。

「すでに霊の世界に来ていながら、何百年、時には何千年ものあいだ進化することなく、地上時代と同じ煩悩を抱き続けている者が少なくありません。彼らは貪欲で本能的欲望に満ちており、霊的摂理を理解しようとしません。霊的なことに対する感性が芽生えないのです。身は霊界にありながら、意識としては完全に地上で生活しており、しかも下降の一途をたどっています。(シルバーバーチの教え・上・170)」と、シルバーバーチは語っています。

しかし、どんなに霊性が低下しても霊的な親である神から頂いた霊の光が完全に消え去ってしまうことはありません。そして、いつの日か地上人からの愛念に耳を傾けてくれる時が訪れます。私たちは根気強く祈り続けていかなければなりません。地縛霊となっている霊たちが、自分の死について疑問を持ち始め、幽界下層での生活に嫌気が差し始めた時、高級霊によって導かれていきます。私たちはほんのわずかではあっても、そのお手伝いをすることができるのです。

 あなたも眠っている時、幽界下層に赴いて地縛霊を救済するためのお手伝いをしているかもしれません。地上臭を拭いきれず地上的波動の中にある地縛霊に、物質次元にも存在している私たち地上人は影響を受けやすく、人によっては憑依されてしまうこともあります。しかし、その反面、地縛霊に影響を与えることもできるのです。

神と共にあること、神の愛に護られていること、そして、利他的な気持ちを持ち続け、地縛霊になってさ迷える霊たちに愛の波動を送り続けることが、彼ら自らが作り出してしまった暗黒の世界、地獄から救済するための手助けとなるのです。(E・H) 

なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。







「4月の読書会を終えて」・・「死の直後」・・死後の目覚めを妨げるもの・・

シルバーコードが完全に切れて、地上人生に別れを告げた時、私たちは故郷である霊界へと戻ることになります。死の直後の状態について、シルバーバーチは「魂に意識がある場合(霊性が発達している人の場合)は、霊的身体が徐々に肉体から抜け出るのが分かります。すると霊的な目が開き、自分を迎えに来てくれた人たちの姿が見えます。そしてすぐに新しい生活が始まります。(シルバーバーチの教え・上・195)」と、語っています。

霊性が発達していない人の場合、一般的な人の場合ですが、死の直後は少なからず戸惑いや混乱の状態の中にあります。それは、生前と何も変わっていないように感じられるので、自分の死を素直に受け入れることができないためです。

すべての地上人は霊界へ帰るためのリハーサルである幽体離脱を睡眠中に行っています。それは、死後の世界に馴染みやすくするための神の配慮なのです。潜在意識では分かっているのですが、睡眠中に霊界を訪れていることを想い出すことはとても困難なことです。

自分が死んだということを受け入れることができたとき、死後の目覚めが訪れます。死んだらどうなるのかということについての知識を持っていなかったり、死に対する迷信や誤解を生前に持っていたり、間違った宗教の教義に洗脳されていたりする場合など、また、遺された人の悲しみがあまりにも大きすぎて死者に対する未練を断ち切ることができない場合にも死者の目覚めを妨げることになってしまいます。

「こうしている間でも地上から何百万、何千万という人間がこちらへ送られてきますが、そのほとんどが死後への準備が何もできていないのです。みんな当惑し、混乱し、茫然自失の状態です。それでわれわれが、いろいろと手焼くことになります。本当はそちらで霊的教育を始めるほうがはるかに面倒が少なくて済むのです。(最後の啓示・79)」とシルバーバーチは、語っています。

死を自覚すれば霊的意識がよみがえり、霊的視野が開かれることになります。そして、愛する人々との感激的な再会が訪れ、幽界での新しい生活が始まることになります。死とは何か、ということについての正しい霊的真理を生前から持っているか、いないかということが死後の目覚めを促進するか、いつまでも遅延させることになるかということの分岐点となるのです。死についての正しい霊的真理を生前から知っておくことは、地上人として生きていくうえでの必要不可欠なことと言えます。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。
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