「2016年12月の読書会を終えて」・・「死とは何か」・・そのⅡ

死とは何かということを、正しく捉えることができれば、死に対する悲しみや恐怖は消え去ります。そして、高級霊と同じ霊的視点に立って死を見つめることができれば、死んだ人に対して新しい人生が始まったことへの祝福の気持ちを抱くことができます。

霊界からこの地上界へ誕生した私たちは、永遠に続く人生のほんの一瞬をこの惑星で生活しています。人生は死をもって終焉を迎えるではなく霊界へと続きます。霊界へ戻ることになるその日まで死へ向かって生きていることになる私たちですが、地上界に居るときから、霊界を訪れています。死への予行練習とも言うべきことが、寝ている間に行われているのです。その時、人間の幽体は肉体から一時的に分離しています。
シルバーバーチは、そのことについて「実は、すべての人間が睡眠中に霊界を訪れています。これは霊的身体を死後の環境に適応しやすくするための大霊の配慮の一つなのです。(シルバーバーチの教え・上・204)」と、語っています。睡眠中に何度も霊界を訪れていても、また、この地上界にまた戻ってくることができるのは、シルバーコードによって繋がれているためです。

安楽死、延命治療、脳死や臓器移植などの問題についても死に対する霊的事実を知ることによって、正しい判断ができます。人間が生命を作り出すことは出来ません。生命は、神から与えられたものであり、生命を奪い去ることは、神の摂理に反することであり、許されません。死んでいるか否かは、シルバーコードが完全に切れているか否かということ、ただそれだけの単純なことなのですが、物的視野でしか物事を見ることができない地上人には、そのことを判断することは、とても困難なことです。
見た目には死んでいるように感じられてもシルバーコードが少しでも繋がっていれば、生命活動は続いていることになります。そのような状態の人間を人為的に死に追いやる行為は、殺人と同じことであり神の摂理に反する行為なのです。

死とは何かということを、霊的事実に照らし合わせて理解しておくことは、自分自身の死や自分の周りの人々の死を捉えるうえにおいても、さらに愛する人を失った人に対してどのようなことを伝えるべきかということにおいても、とても重要なことです。特に、死を見取る専門職に携わっている人達は、死に逝く人に対して、そして、残された家族に対しても、霊的事実に沿った慰めの言葉を掛けることができなければなりません。死とは何かということを永遠の尺度から見つめることの大切さを改めて感じています。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

新しい年、2017年がスタートしました

あらゆる分野において霊界からの働きかけを感じ取ることができた昨年でした。今年も地上界には混乱や破壊が起こっているように私たちの目には映ることが多いと思いますが、混乱や破壊も進歩のための一過程として霊的視野で捉えていかなければなりません。
自分自身に今できる最大限のことを実践して、今年を実り多い一年にしたいと思います。

以下は、2016年12月、読書会での私のスピーチです。

『・・「過去から、未来へと続く地上人生」・・

私たちは、この地球という惑星を霊性を高める場所として選択し、誕生しました。前世において何が足りなかったのか、どのような地上生活を行なうべきなのか、ということについて、霊的自我には、ちゃんと分かっているのでしょうが、過去の様々な経験を通して推測しても、おぼろげには感じ取ることはできても、確信することはできません。
宇宙で2番目に霊性の低いこの地球で生活しているということは、霊的に見たとき、最下層に近い存在と言えます。この惑星で何らかの経験を積み、もがき、苦しみ、その経験によって自分自身を霊的に成長させていかなければならないことを意味しています。

この地球では、霊性の異なる人間が同一の場所で生活していますから、当然の結果として摩擦や諍いや困難が待ち受けています。今まで幾度となく、困難や苦労に押しつぶされそうになりました。しかし、絶望するようなことはありませんでした。それは、守護霊の愛によって包まれていたためだと思います。そのことに心より感謝しています。
そして、幸運にも守護霊の温かい導きによって霊的真理に出会えたことを、何よりも嬉しく思っています。霊的真理に出会ったことによって自分自身の本質は何かということを知り、どのように生きるべきかということを学ぶことできました。そして、微力ながらも霊的真理の普及活動に貢献していこうとすることが、生活の一部になっていて、何よりの励みになっています。 

毎月、読書会に参加させていただき、こうして霊的真理を学ばせていただくことによって、霊的な知識の理解が次第に深まっています。この場は、世俗から離れた聖別された特別な空間です。この部屋に居るとき、霊界の方々との距離が一段と近くなり、霊力の存在を感じます。そして、霊界との絆が、回を重ねる度により強くなっていることを実感します。霊的な親である神の存在を感じ、自分自身が霊的な存在であることを強く意識できる特別なひと時です。
主宰の方の声の響きが霊界からの声の響きに同調するように聞こえてきて、次々に新しい霊的真理が心の中へと浸透してきます。参加されている方々と霊界の方々との気持ちが一つになって、同じ目的に向かって前進しているのだという意識が強められていきます。霊界と地上界との調和、協調が一段と強化され、多くの霊界の方々と共に歩んでいることを、ますます強く感じ取ることができます。

霊的真理はシンプルですが奥深いものです。霊的真理を学べば学ぶほど、自分の気づかなかった別の一面を発見し驚かされることが、しばしばです。学んでも学んでも、またその先に学ぶべき真理があることを悟る毎日です。

霊的真理を知った者は、実生活において霊的真理を活用できるようになることが、大切な目標ですが、霊的真理の実践ほど難しいことはありません。仕事において、奉仕的な営みにおいて、家庭内においても、霊的真理が基盤となって、意識する意識しないに関係なく、それを役立てていかなければなりません。
愛する家族や身内に対しては、勿論のことですが、どのような人に対しても、優しく穏やかな気持ちで接することができなければなりません。また、慰めの言葉も単なる同情の言葉ではなく、真理に沿った言葉を掛けてあげることができるようにならなければなりません。しかし、とっさには言葉が見つからないことがよくあって、いつも反省させられます。時には自分の無力さにうんざりさせられることもあります。
しかし、10数年前、霊的真理を知らなかった時に比べれば、今は何倍も恵まれているのですから、自分自身を高めようとする強い意志を持ってこれからも努力していきたいと思っています。

地上世界は、私たちが霊的に成長するために神が創造された訓練所です。当然、様々な困難が起こってきます。挫けず、それらを乗り超えていくことによって、魂が強化され人間性が磨かれていきます。そして、一つひとつ不完全が取り除かれ、完全に向けて少しずつ霊的に成長していくことができるのです。

シルバーバーチは「世間でいう“成功者”になるかならないかは、どうでもよいことです。この世的な成功によって手に入れたものは、そのうちあっさりと価値を失ってしまいます。大切なのは、自分の霊性の最高のものに対して誠実であること、自分でこれこそ真実であると信じるものに目をつぶることなく、ほんとうの自分自身に忠実であること、良心の命令に素直にしたがえることです。(最高の福音・107)」と語っています。

私たちは、目に見えるものと目には見えないものの狭間で生きています。物質的なものを追い求めるのではなく、死後にも永遠に自分の宝となるもの、霊的に価値あるものを追い求めなければなりません。物質の世界に生きてはいますが、良心の声に従って、物に流されない生き方を目標に努力していかなければなりません。目には見えないものに本質があり、真の価値があることを忘れないようにしなければなりません。

神の大いなる計画は、変更も廃止もなく進められています。霊的真理の光はますます輝きを増して光続けています。霊界の道具になった私たちは、信じる道を突き進まなければなりません。霊にかかわることは、一朝一夕には成り立ちません。永続性を必要とします。挫けそうになった時には、背後に控える高級霊団の無償の愛があること、自分自身は神の分霊を宿していること、この地上には克服できない障害や困難は無いこと、それらのことを心の支えとして、この地上界における一兵士として、神の光を見失うことなく、根気強く前進していきたいと思います。(E・H)』     

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「11月の読書会を終えて」・・「死とは何か」・・死は第二の誕生・・

死とは何かという問いかけに、正しい回答を指し示すことができる宗教はこの地上には存在しません。霊的に無知である宗教に人々に真の慰めや救いを与えることはできません。人間の誰もが避けることができない死を私たちはどのように捉えたらよいのでしょうか。

死の問題については、信じるか信じないかという従来の宗教の立場を超えて、理性で判断する時代を迎えています。19世紀に、ウイリアム・クルックス博士やシャルル・リシェなどによって科学的に霊魂の存在が証明されました。スピリチュアリズムによって、信仰の問題ではなく客観的な事実として死を受け入れなければならない時代を迎えているのです。

「あなたは霊であるからこそ、本来は生命をもたない物的身体を動かすことができているのです。あなたという霊が引っ込めば、いわゆる“死”が生じます。それまで活力を与えていたエネルギーが消えるわけです。(最高の福音・124~125)」
「霊性は死によっていささかも失われません。火葬の炎によっても消すことはできません。その霊性を消す力をもったものは、この全大宇宙の中に何一つ存在しません。(最高の福音・219~220)」と、シルバーバーチは語っています。

死とは何かということに対する霊的事実を理解することによって、死に対する悲しみや恐れは消え去ります。死後は、地上生活の延長である霊界での生活が待っているのです。肉体を脱ぎ捨てた私たちは、より霊的な存在になるだけなのです。愛する人の死に出会うことがあっても、高級霊と同じ霊的な視点に立って死を見つめることによって、死んだ人に対して新しい人生が始まったことへの祝福の気持ちを抱くことができるのです。私たちの真実の自我は霊ですから、五感を超えて感応することができます。愛する人がすぐ近くにいてくれて、いつも見守っていてくれていることを実感することができるのです。

シルバーバーチは「死を生の挫折、愛の終局、情愛で結ばれていた者との別れと見なす無知を取り除きたいのです。そして死とは第二の誕生であること、生の自然な過程の一つであること、人類の進化における不可欠の自然現象として神が用意したものであることを理解していただきたいのです。死ぬということは生命を失うことではなく別の生命を得ることなのです。(シルバーバーチの霊訓・三・44~45)」と、語っています。
死とは何かということを正しく理解することによって、どのように生きたら良いのかということに対する回答を導きだすことができるのです。(E・H)

* なお、引用にあたってはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「10月の読書会を終えて」・・「人間とは何か」・・そのⅡ・・霊として生きる・・

肉体に覆われている私たちは、鏡に映っている自分自身がすべてであると思っています。しかし、目には見えなくてもその奥には霊魂が存在しています。霊の心や霊は、目には見えないため、人間の本質が霊であることになかなか確信が持てないのです。

シルバーバーチは「自分が本来は霊的な存在であり、物的身体は自分ではないことに気づかないかぎり、その人は実在に対してまったく無関心のまま地上生活を送っていることになります。(霊的新時代の到来・158)」と語っています。

私自身もスピリチュアリズムに出会うまでは、死後の世界に対する疑念やこの地上世界を生きていくことの本当の意味を見出すことができずに、将来に対して、あれやこれやと心配の念を募らせていた時期もありました。人間の身体に関する霊的事実を知り、自分自身の本質が霊であることに確信を持てたその時から、新しい人生がスタートしました。

内なる神・分霊の存在を強く意識することができるようになれば、地上人生の真の目的がはっきりと理解できるようになります。そして、霊的な資質を高めていこうとすることを何よりも優先するような生き方を心掛けるようになります。

自分自身が霊的存在であるからこそ、地上生活は死をもって終わりません。肉体や肉体本能は消滅しますが、死後もなお、霊の心をもった霊として生き続けます。神は私たちに分霊をお授けになりました。そして、個別霊として永遠に進化していかなければならない存在とされたのです。すべての人間が、そのような宿命のもとに生を受けているのです。

私たちは、霊であるからこそ、物的身体を動かし、思考しているのです。霊であるからこそ、高遠の世界の霊からの援助やインスピレーションを受け取ることができるのです。霊であるからこそ、同じ霊である地上の人類、霊的兄弟姉妹に霊的エネルギーを注ぐことができるのです。そして、霊であるからこそ、永遠に生き続けるのです。

真実の自我は霊であるということ、物的身体の深奥には神から授かった神性を宿していること、それらのことをもう一度思い起こし、霊として生きることを心に強くきざみ、この地上人生を有意義なものにできるように努力していきたいと思います。(E・H)

* なお、引用にあたってはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています

「9月の読書会を終えて」・・「人間とは何か」・・真実の自我とは・・


私たち地上人は、自分自身のことについて多くを知りません。自分の身体についても正しい知識を持っていません。「人間は物的身体と霊的身体、そして両者を結びつける生命の糸(シルバーコード)という三つの要素から成り立っています。下・76」と、シルバーバーチは語っていますが、肉体に重なるようにもう一つの身体である霊体があることを知っている人は、ほんのわずかです。

私自身も、スピリチュアリズムに出会うまでは、人間はどのような存在なのかということについての確信はありませんでした。本当に肉体と心だけの存在なのだろうかと疑問を抱いたこともありました。スピリチュアリズムに出会ってから、人間の身体についての霊的事実を知った時の衝撃は、今までに感じたことない強烈なものでした。

人間の身体は、霊的なものと物質的なものの二重構造ですが、心もまた霊の心と肉の心(本能)の二つの次元の異なるものによって形成されています。私たちはその二つの心から送られてくる意識を日常の意識としてとらえています。死んでも地上生活と同じように思考能力が存在するのは霊の心によるものです。

「大霊はあなた方の内部に存在しています。上・89」「生命はすべて永遠です。なぜなら生命とはすなわち大霊のことであり、大霊は永遠の存在だからです。上・196」というシルバーバーチの言葉によって、私自身の真実の自我は目覚めたのです。真実の自我とは、神の一部、霊的な親である神から頂いた最高の贈り物、それが私たちの内奥にある霊です。私たち人間の最も崇高な部分が霊なのです。最高次元に心を高めたとき、神の愛を感じ取ることができます。それは、自分自身の中にある神の分霊が、霊的な親である神・大霊と感応した瞬間です。

日常生活で物質の世界に浸っているとき、本能的な心だけしか感じ取ることができません。意識を高める努力、高次元の霊からの波長を受け取ろうとする努力、物的な波長をこえて霊的な波長を感じ取ろうとする努力によって心が高められていきます。心の状態が最高度に高められたとき、霊の心を感じ取ることができます。霊の心は潜在的なものですから、私たちが最高度に魂を高めた次元においてのみ、感じ取れるものなのです。
真実の自我が霊であることに確信を持てたその時から、私は、霊性進化の遠い遠い道のりの第一歩を踏み出すことになったのです。(E・H)
(シルバーバーチの言葉は、「シルバーバーチの教え・上・下」より引用しています)

* なお、引用にあたってはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。
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