「6月の読書会を終えて」・・「地上界から幽界へ」・・霊的浄化への道・・

死の眠りから目覚め、自分は死んだのだということを自覚すると、霊界の最下層、地上に最も近い霊界である幽界へ赴くことになります。幽界は、地上とそっくりな世界です。心で思ったことは、何でも現実のものになります。欲しいものが何でも手に入ります。行きたい所へ瞬時に行くこともできます。そして、言葉は必要ではなくなって考えていることや感情までも相手に伝わります。言葉による誤解や不理解は生じません。心と心がテレパシーで通じ合う所なのです。

実は、私たち地上人は、その幽界へ睡眠中に何度も訪れています。生前はそのことをなかなか思い出すことができないのですが、肉体が無くなって幽体だけになったとき、その記憶がよみがえってきます。潜在意識に刻まれていたいろいろな記憶が思い出されるのです。幽界では、愛情を感じていた人、尊敬や憧れを抱いていた人、そして生前地上人生をずっと見守り導いてくれた守護霊にも会うことができます。自分の人生を振り返って地上人生が霊的成長とは程遠いものであったことを知り、後悔や反省の念を抱くことになるかもしれません。

思念の世界である幽界では、自分自身が自分の生活環境を創り出すことになります。その環境は、何を望み、何を必要としてきたか、地上人生をどのように生きてきたかということを映しだす鏡のようなものです。その環境が、醜いものか、美しいものであるのか、また、物質的なものだけを求めているものなのか、精神的なものを求めようとしているものなのかは、すべて地上人生をどのように生きてきたかということに対する回答なのです。

幽界での生活を決定づけるのは、個人個人の霊的な成長レベルです。そして、幽界にどれだけ永く留まることになるのかも霊性の発達度により左右されます。もっと霊的に成長したいと思い始めた時から、霊的浄化の道が開かれることになります。幽界は地上界から霊界への通過点ですが、そこで地上的意識を拭い去ります。物的意識が霊的意識となり、地上臭を拭い去って純粋な霊的存在となっていくためには、霊的純化のプロセスが必要なのです。そのために、幽界が存在しているのです。

霊的真理を理解するチャンスを逃してしまった多くの霊たちも幽界での生活を通して、徐々に霊的意識を取り戻すことになります。幽界の存在は霊的な親である神からの愛のプレゼントに他なりません。何の努力もなしに自分が望んだことがすべて実現する世界に嫌気が差したとき、物質的なことより霊的なことの重要性に気づいたとき、幽界から次のステップへの道が示されることになります。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「5月の読書会を終えて」・・「死の直後」・・さ迷える霊たちの救済・・

地上人類は、多くの人たちが今もなお霊的無知の状態にあります。自分とはどのような存在なのか、どのように生きたら良いのか、死とは何か、などについての正しい霊的知識を持ち合わせてはいません。そのことが、死後自分の死を認めることができない多くのさ迷える霊を生み出しているのです。

宗教を狂信している霊、肉欲、物欲にどっぷり浸かっている霊、地上人に恨みや憎しみを持ち続けている霊、そのような霊たちは、死後自分の身に起こった変化を認めることができません。他の霊の言葉に耳を傾けようとはしません。地上人の祈りの言葉、愛念にも耳を傾けようとはしません。心を重い扉で閉ざし続けています。

「すでに霊の世界に来ていながら、何百年、時には何千年ものあいだ進化することなく、地上時代と同じ煩悩を抱き続けている者が少なくありません。彼らは貪欲で本能的欲望に満ちており、霊的摂理を理解しようとしません。霊的なことに対する感性が芽生えないのです。身は霊界にありながら、意識としては完全に地上で生活しており、しかも下降の一途をたどっています。(シルバーバーチの教え・上・170)」と、シルバーバーチは語っています。

しかし、どんなに霊性が低下しても霊的な親である神から頂いた霊の光が完全に消え去ってしまうことはありません。そして、いつの日か地上人からの愛念に耳を傾けてくれる時が訪れます。私たちは根気強く祈り続けていかなければなりません。地縛霊となっている霊たちが、自分の死について疑問を持ち始め、幽界下層での生活に嫌気が差し始めた時、高級霊によって導かれていきます。私たちはほんのわずかではあっても、そのお手伝いをすることができるのです。

 あなたも眠っている時、幽界下層に赴いて地縛霊を救済するためのお手伝いをしているかもしれません。地上臭を拭いきれず地上的波動の中にある地縛霊に、物質次元にも存在している私たち地上人は影響を受けやすく、人によっては憑依されてしまうこともあります。しかし、その反面、地縛霊に影響を与えることもできるのです。

神と共にあること、神の愛に護られていること、そして、利他的な気持ちを持ち続け、地縛霊になってさ迷える霊たちに愛の波動を送り続けることが、彼ら自らが作り出してしまった暗黒の世界、地獄から救済するための手助けとなるのです。(E・H) 

なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。







「4月の読書会を終えて」・・「死の直後」・・死後の目覚めを妨げるもの・・

シルバーコードが完全に切れて、地上人生に別れを告げた時、私たちは故郷である霊界へと戻ることになります。死の直後の状態について、シルバーバーチは「魂に意識がある場合(霊性が発達している人の場合)は、霊的身体が徐々に肉体から抜け出るのが分かります。すると霊的な目が開き、自分を迎えに来てくれた人たちの姿が見えます。そしてすぐに新しい生活が始まります。(シルバーバーチの教え・上・195)」と、語っています。

霊性が発達していない人の場合、一般的な人の場合ですが、死の直後は少なからず戸惑いや混乱の状態の中にあります。それは、生前と何も変わっていないように感じられるので、自分の死を素直に受け入れることができないためです。

すべての地上人は霊界へ帰るためのリハーサルである幽体離脱を睡眠中に行っています。それは、死後の世界に馴染みやすくするための神の配慮なのです。潜在意識では分かっているのですが、睡眠中に霊界を訪れていることを想い出すことはとても困難なことです。

自分が死んだということを受け入れることができたとき、死後の目覚めが訪れます。死んだらどうなるのかということについての知識を持っていなかったり、死に対する迷信や誤解を生前に持っていたり、間違った宗教の教義に洗脳されていたりする場合など、また、遺された人の悲しみがあまりにも大きすぎて死者に対する未練を断ち切ることができない場合にも死者の目覚めを妨げることになってしまいます。

「こうしている間でも地上から何百万、何千万という人間がこちらへ送られてきますが、そのほとんどが死後への準備が何もできていないのです。みんな当惑し、混乱し、茫然自失の状態です。それでわれわれが、いろいろと手焼くことになります。本当はそちらで霊的教育を始めるほうがはるかに面倒が少なくて済むのです。(最後の啓示・79)」とシルバーバーチは、語っています。

死を自覚すれば霊的意識がよみがえり、霊的視野が開かれることになります。そして、愛する人々との感激的な再会が訪れ、幽界での新しい生活が始まることになります。死とは何か、ということについての正しい霊的真理を生前から持っているか、いないかということが死後の目覚めを促進するか、いつまでも遅延させることになるかということの分岐点となるのです。死についての正しい霊的真理を生前から知っておくことは、地上人として生きていくうえでの必要不可欠なことと言えます。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「3月の読書会を終えて」・・「人生とは何か」・・人生の羅針盤・・


人生とは何か、ということをどのように捉えるかは、とても大切なことです。捉え方によって生きる姿勢が決定されることになるからです。五感で認識できるものしか信じることができないという地上人は、地位や名誉や物質欲を満たすことに価値があり、幸せであるとする唯物的な考えに心を奪われています。自分自身の本質が霊であり霊性を成長させるために、この地上世界で様々な体験を積み重ねているということなど信じようとはしません。ましてや死後の世界があり、死んだらその人間の霊的成長度によって赴く霊界の界層が決定されることになるということなどには考えも及びません。

シルバーバーチは「知識はかけがえのない宝です。人生の全体を視界におさめて、いかに生きるべきかを教える羅針盤のようなものです。船には必ず方向を操るための道具や器具が備えつけられています。人生をいかに生きるべきかを判断するための道具を持ち合わせていないとしたら、その人は愚かな人というべきです。(不滅の真理・235)」と語っています。地上の人間は霊的真理にめぐり合うまでは霧の中でさ迷っているようなものです。地上のどのような宗教も正しい霊的知識を持ってはいません。人工的に作られた間違った教義に縛られている魂は、真の自由を獲得することはできません。霊的真理に出会ってはじめて魂が真の自由を獲得し、人生とは何か、何のために生きているのか、どのように生きたらよいのかを、確信することができるようになるからです。

霊的真理を学び、霊的事実を知ることによって、自分とは何か、死とは何かということを正しく学ぶことができます。それによって、過去から未来へと続く地上人生の意味、永遠に生きるという意味を理解することができるようになります。自分自身の真実の自我である霊の資質をいかに発現できるか、いかに開発できるか、いかに成長させることができるかが、地上人生の目的なのです。物質的な豊かさではなく、霊的な豊かさを手にいれることができなかったら、その人の地上人生は、無意味な人生ということになってしまいます。

「地上の人間は、直面する物的問題に心を奪われて、つい間違った人生観をもってしまいがちですが、いついかなる時も、霊的真理を忘れないようにしないといけません。これだけは永続性のある霊的な宝であり、いったん身につけると、二度と奪われることはありません。永遠の所有物となります。(最高の福音・247)」とシルバーバーチは語っています。今まで幾度となくシルバーバーチの言葉に勇気をもらい、助けられたことでしょう。シルバーナーチの霊訓は、どのように生きるべきかという指針、生きる方向を決定してくれる人生の羅針盤です。シルバーバーチの霊訓にすがりながら、この人生が有意義なものとなるように日々自分自身を高めていきたいと思います。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。
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