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「9月の読書会を終えて」・・シルバーバーチの神観(そのⅢ)・・摂理の神・・

私たちは、神が造られた摂理の中で生きています。摂理と言っても、目に見える摂理(物的次元のもの)や目には見えない摂理(精神的次元のもの、霊的次元のもの)など、次元の異なる摂理が存在しています。それらの次元の異なるさまざまな摂理が複雑にからみ合い、幾重にも重なって存在しています。

私たちは、物的にも、精神的にも、さらには霊的にも神の摂理が作用していることを意識しなければなりません。物質だけの視点で物事を見てしまえば不条理に思えることでも、霊的に見れば前世からの原因が関わっていたり、自分自身では意識していなくても霊的に摂理に反することをしてしまっていることもあります。どのような行為をするかが最も大切ですが、心に思ったことも摂理の影響を受けているのです。

原因に対する結果の法則は、機械的正確さをもって作用していますから、目には見えないところでも、神の摂理は、作用しているのです。しかも、国家や人種や地位に関係なく、どのような人間に対しても、神の摂理は、平等に働いています。その摂理から逃れることのできる人間はいません。

しかし、その冷酷とも思える摂理の奥には、計り知れない神の愛の深さがあります。神は、私たち一人ひとりの人間をそれぞれ個別に創造され、神の分霊をお授けになりました。私たちは、神の子として霊的に成長するために生まれました。自分自身が霊的存在であるということを自覚するには、少なからず涙を流す体験が必要です。霊的に覚醒してはじめて、神の子として生きることになります。私たちが、霊的な親である神と同じ愛を周りの人々に与えようとする時、神の子としての第一歩が始まります。神から授かった霊力・神性をこの地上で発揮しようとする時、神に一歩近づくことになります。

シルバーバーチは「私が認めているのは大霊の法則だけです。人間の法律は認めていません。人間がつくった法律はいつかは改めなければなりませんが、大霊の法則には決してその必要はありません。(シルバーバーチの教え・下・117)」と語っています。

神は、完全な存在ですから、その摂理(法則)も完璧です。永遠に変化することなく存続し続けます。神の摂理がどのように働くかを学び理解してはじめて、真実の神の姿を感じ取ることができるのです。そして、神の摂理に調和した生き方、摂理に一致した生き方を実践することによって、神の愛を実感することができるようになるのです。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「真実の祈り」・・そのⅡ・・真実の祈りの実践・・

物質の中で生活し、物質にどっぷり浸かっている私たちですが、果たして真実の祈りを実践することができるのでしょうか。霊界人のように神をすぐ近くに感じ取り真摯な気持ちで祈りを捧げることができるのでしょうか。

そのためには、祈りに先立って、意識レベルを引き上げる努力が必要です。日常のさまざまなストレスや心配事から心を解放し、雑念を捨て去らなければなりません。シルバーバーチの教えによってもたらされた霊的真理の中へ中へと入り込み、意識を霊や霊界へと推し進めて行かなければなりません。最大限に意識レベルを引き上げることによって、神の前において祈りを捧げる準備が整ったことになります。

祈りは、神を前にしての二人だけの神聖な霊的行為です。そして、祈りを捧げるその場所は、どのような場所であっても神との神聖な場所となります。祈る内容もそれに相応しいものでなければなりません。この世的な願い事にならないように、神の真実の姿を思い描き、神の摂理に一致した真実の祈りでなければなりません。

シルバーバーチは『私が勧める祈りの言葉は、たった一言しかありません。「何とぞ私を人のために役立てる方法を教え給え」――これです。大霊のため、そして大霊の子供たちのために一身を捧げたいとの祈りほど、崇高なもの、偉大な愛、これに優る宗教、これより深い哲学はありません。(シルバーバーチの教え・上・114~115)』と語っています。

祈りを捧げる前から、私たちのすべてを知り尽くしている神の前においては、言葉を発することもなく、ただただ真摯な気持ちで静寂のひと時を持つだけで良いのかもしれません。祈りの場所も、静かなところで神と二人だけの聖域をつくることが基本ですが、仕事をしている時や電車の中や雑踏の中にいる時など、どのような状態の時であっても、祈ることができるように修練していかなければなりません。祈りの言葉が脳裏を過ぎった時には、少しの時間であっても精神を集中し、心の中で祈りたいものです。

祈りの言葉は、その人の霊性を映し出す鏡のようなものです。常に神を意識し、自分自身の内奥に存在する小さな神を大いなる神に少しでも近づけたい、神と一体となり叡智を授かりたい、より大きな愛を育み表現したいというような一心から出た真実の祈りを実践していきたいと思っています。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「7月の読書会を終えて」・・シルバーバーチの神観(そのⅡ)・・真実の祈り・・

霊界と宇宙のすべてを創り出し、それらを法則で支配し、どのような場所にも存在し、すべての生命体を愛で包みこみ、私たちの霊的な親であり究極の目標である神、そのような神につての正しい理解がなければ、正しい祈りを行うことはできません。

私たちは、シルバーバーチの神観によって、神を正しくイメージすることができるようになりました。神を正しくイメージすることができなければ、無意味な祈りを繰り返すだけになってしまいます。神とはどのような存在なのかということを正しく理解することによって、真実の祈りを実践していくことができるのです。

シルバーバーチは真実の祈りについて「魂の奥底からの誠心誠意の祈り、大霊との一体化を深め、大霊の道具として有用な存在になりたいとの願望から出た祈りは、祈る者の霊性を強化し、大霊の道具としてより相応しい存在にします。(シルバーバーチの教え・112)」と語っています。

お決まりの文句を繰り返すだけの祈り、心のこもらない口先だけの祈り、誰かが作った言葉をただ唱えているだけの祈り、また、自分の利益や名声などを求める物質次元に留まった単なる願い事であるとされる祈り、それらの祈りは真実の祈りとは程遠いものです。
「真実の祈りは、あなた方にとって奉仕(サービス)の準備を整えるためのものです。あなた方をより高度なエネルギーと調和させるための手段です。(シルバーバーチの教え・113)」とシルバーバーチは語っています。

真実の祈りは、神聖な霊的行為です。自分を犠牲にし、人々を救いたい、人々の役にたちたいという気持ちから出た祈りは、高き次元の霊たちに届けられ、その援助を受けることになります。そして、より多くの霊的エネルギーを受け取り、内奥に存在する神性を発揮するための準備が整ったことになるのです。

私たちは、霊界の高級霊の祈りをお手本にすることによって、利他愛から発する祈り、霊的成長を願う祈りである真実の祈りを実践していかなければなりません。
真実の祈りを実践することによって、霊と霊、神性と神性の結びつきがより強固なものになっていきます。互いに引き合い、求め合い、絆が一段と高まっていきます。そして、霊界の霊たちとの協力のもと、その祈りが現実のものとなっていくのです。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

「6月の読書会を終えて」・・シルバーバーチの神観・・真実の神の姿・・

「太古においては、そのお粗末な概念は物体の形をとり、祈りが叶えられれば畏敬され、叶えられぬ時は即座に棄て去られることの繰り返しであった。彼らは、目の前の物体そのものは何の霊力も持たず、背後に霊が控えて筋の通れる祈りはこれを叶えさせんとしている事実を知らなかった。彼らにはそれ以上の神の概念は思いつかなかったのである。目に見え手に触れるものにしか神の概念を託し得なかった。(モーゼスの霊訓・上・154)」とモーゼスは、語っています。

これまで地上世界には、太陽や雷、山や岩や樹木、動物などを神格化し、信仰の対象とする自然神信仰・原始的な精霊信仰・歴史上の人物を神格化し、信仰の対象とする人物神信仰など様々な神についての考え方があり、その神を信仰してきました。しかし、どのような宗教も正しい神についての認識を持ち合わせていませんでした。神の存在を信じていても神を正しくイメージすることができていませんでした。

神とはどのような存在なのでしょうか。私たちは、神をどのように捉えたら良いのでしょうか。シルバーバーチは、神について、「神を一個の存在としてではなく、無限の知性と叡智と真理を具えた実在そのもの、人間に想像しうるかぎりの神性の総合的統一体と考えてください。それは男性でもなく女性でもなく、しかも男性でもあり女性でもあり、個性というものを超越しながら同時にあらゆる個性の中に内在しているものです。(シルバーバーチの霊訓・11-108)」また「大霊とは宇宙の自然法則です。物質界と霊界のすべての生命体の背後にある創造的エネルギーです。大霊は完全なる愛であり、完全なる叡智です。大霊は全宇宙のすみずみまで行きわたっています。・・・・大霊は、あらゆる生命体に充満しています。あらゆるものに内在し、あらゆる法則に内在しています。大霊は生命であり、愛であり、存在するすべてのものなのです。(シルバーバーチの教え・上・76)」と語っています。

私たちの想像をはるかに超え地上の言葉では完全に表現することができない無限なる存在である神、霊界や宇宙に存在するすべてのものを創造された神、宇宙全体を包み込みどこにでも存在している神、摂理によってすべての被造物を支配している神、その神が私たちの肉体に霊の一滴を注ぎ込み、一人ひとりの個別の人間を創造されました。私たちにとって神はまさに霊的な親と言えます。神の大きな愛に包まれながら、私たちは地上世界で霊性を高めるために生きています。私たちが最高度に魂を高めた次元において、利他性を発揮する時、神の愛が顕現したことになります。そして神の愛を少しずつ身に付けていくことによって究極の理想とする神に一歩近づくことになるのです。

いつどのような状態の時であっても神と共にあることを意識することによって、神をより近くに感じ取ることができます。そして、自分の内部に存在する分霊と神の大きな大霊とが共鳴しあい、絆を深めていくことになります。シルバーバーチによってもたらされた真実の神の姿を学ぶことができることを心から嬉しく思っています。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。



「5月の読書会を終えて」・・スピリチュアリズムの宗教革命・・「スピリチュアリズムの全体像」・・そのⅡ・・

「キリスト教の神学は、地上世界にとってまさしく“災いのもと”です。人類にとって大きな手かせ・足かせとなっています。人々の魂を牢獄に閉じ込めています。それから逃れるためには、自らを縛っている人工的教義と間違った信条を断ち切り、霊的インスピレーションによって示される本物の真理に目覚めることです。(シルバーバーチの教え・152)」とシルバーバーチは語っています。

キリスト教に限らず地上のすべての宗教は、地上人類にとって有害なものばかりです。それは、霊的事実に反する人工的に作られた教義を含んでいるためです。宗教の教義を忠実に守れば守るほど魂は束縛され真の自由を奪われてしまうことになります。それによって、地上人生で最も大切である霊的成長を阻害されてしまうことになるのです。

スピリチュアリズムの宗教革命とは地上のすべての宗教を霊界の宗教に置き換えようとする霊界主導の宗教の大変革のことです。どこまでも霊界が主役なので、地上の宗教とは次元が異なります。地上の宗教の一つにあげるべきものではなく、地上の宗教を超越した唯一の宗教、超宗教なのです。

私たちは、霊界の宗教とはどのようなものであるかを学ぶことによって、地上の宗教がいかに間違っているかを認識することができます。霊界では、地上のような宗教の形式はありません。多くの宗教や宗派もありません。宗教組織もありません。宗教間の戦争や紛争もありません。利他的に生きることがすなわち宗教であり、神の摂理に一致した行為そのものが信仰となっているのです。霊界の宗教とは、すべての霊が信仰している唯一共通の宗教であり、まさに神の摂理に完全に一致した宗教に他なりません。

高き次元から引き起こされたスピリチュアリズムによってもたらされた霊的真理によって、私たちは、自らの力で自分自身の魂を救済する方法を学ぶことができます。神の無限の愛と叡智を知り、地上人類が神の子として共通の霊的資質を持っていることを知り、どのようにすれば霊的恩寵を授かることができるかを知り、人工的産物である教義への隷属状態からどのようにすれば抜け出せるかを知ることによって、真の自由を獲得することができるのです。そして、神の摂理に一致した生き方を通して、霊的成長という真の宝を手にすることができるのです。(E・H)

*なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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